やっぱ、北海道~(第13回)

ⅳ.三菱大夕張鉄道(清水沢―南大夕張)
 北海道は、明治時代に鉄道で開拓された未開の土地であった。
 幸運なことに北海道には、石炭が豊富に埋蔵されていたので、それを採掘し、それが文明開化の時期の産業の勃興を促し、明治の日本全体の近代化を牽引した。
 自分は、その石炭産業が急速に衰退し、同時に輸送機関として存在した鉄道も無用のものになろうとする時期に、趣味として鉄道に乗り始めた。北海道は冬は雪に閉じ込められるが、石炭輸送は冬でも続き、場所によっては雪が黒くなるほど貨物列車が走っていた。
 三菱大夕張鉄道は、三菱石炭鉱業が所有していた私鉄で、国鉄石勝線夕張支線の中間にある清水沢駅に接続する清水沢-南大夕張7.6キロの短い行きどまりの盲腸線であった。途中には、遠幌(えんほろ)という駅しかない。もともとは、南大夕張の先の大夕張炭山までの17.2キロの石炭輸送のための鉄道であったが、1973年に南大夕張から先が廃止となった。しかし、その後その炭鉱も閉鎖になり、1987年(昭和62年)7月22日についに全線廃止となった。実はこの線の廃線直前に札幌に出張があり、タイミング良く、偶然に乗れた幸運な線であった。北海道にある短い私鉄線の廃止は東京ではニュースにもならないということだろう。乗りに行く前には、その線がすぐにも廃止になるということを知らなかったのである。
 廃止3日前の7月19日(日)にこの線に偶然乗ることができた。
 当時の記録を見てみる。
 
 月曜に札幌で仕事があり、前日の日曜に羽田空港を12時10分に発つ。千歳空港には13時35分着。
 14時4分千歳空港(現、南千歳)発の夕張行は、窓が二重の北海度特有仕様のホワイトボディーに黄緑のラインのディーゼルカー キハ40 250の1両編成だった。冬は窓が一枚では防寒が不十分なのである。内側の窓もガラス窓だが、途中で止められず、閉めたままにするか、一番上まで開けて、留め金を差し込んで固定するかどちらかである。妻と一度一緒にこのタイプの気動車に乗り、留め金が緩んで妻の頭上に一度窓が落ちてきたことがあるので、開けたら要注意の内窓である。
 自分には今回が石勝線及び夕張への支線は2回目の乗車である。千歳空港駅で買ったうにめし(900)を食べながら、車窓を眺める。関東は、勢力を盛り返してきた梅雨前線の影響で湿気が凄かったが、ここは湿度が低く、気温も27~8度程度で窓から入り込む風が何とも爽やかである。
 追分には少し遅れて14時26分着。追分は、石勝線と室蘭本線が交差する要衝の駅。駅員もいて同じ車両を前に1両つなぐが、乗車率は4人掛けボックスに一人程度と寂しい。14時34分発。7月という時期に北海道に来たことがこれまでなかったなと思いつつ、地面の起伏のままに広がる黄金色の麦畑と整然と並ぶトウモロコシ畑をぼんやりと見る。牛がのんびりと草をはんでいるが、遠くにいるので動きが見えないために時間が止まっているように見える。東追分、交換可能。ヒトの乗り降りがないのに陸橋まである。ナナカマドの実は既に真っ赤になって輝いている。小さな峠をいくつか越え、切通しを進み、美しいカラマツ林の先でトンネルを抜けたところが、新夕張駅だった。2番線15時23分着。ここで新得・帯広方面の本線とは北に分かれて夕張の支線に入り込む。その前に後方に1両増結して3両編成となる。15時31分発。新夕張に来る途中の滝ノ上駅で、すれ違いの遅れていた上りの特急列車を待ったため、定刻より6分遅れている。
 新夕張を出て、左へグーンとカーブする。後ろのトンネル付近に見える山の緑が鮮やかだ。ローカル線はこの本線から分岐の瞬間に魅力がある。特にこの線は、なにか後ろ髪を断ち切るような潔さを感じる。一般に北海道のローカル線の分岐は、家の密度が低いせいか思い切りがいい。夕張川を渡り、川を左手に見ながら山合いに入り込む。やがて窓の景色に河岸段丘が現れ、炭鉱の地特有の地形になっていく。沼ノ沢で少し乗り降りあり。右手には石炭を積んだ貨物列車が止まっている。左手のビニールハウスは夕張メロンの畑だろうか。
 南清水沢は片ホームの停車場。日曜日なのに駅そばの中学校から学生がぞろぞろ出て来て、列車に乗り込もうと走り出す者もいる。
 列車は少し走ってすぐに、清水沢15時46分着。
 次の南大夕張鉄道は16時25分発だが、もう右手駅舎側に、三両編成の客車列車と二両の石炭車のその前後にディーゼル機関車一両ずつが連結したプッシュプルの編成で、乗り継ぐ列車が待機している。特に目立つのは、客車の真ん中の車両の窓の下にかかっている横断幕である。白地に「皆さん長い間ありがとう さようなら」と大きく黒々と書かれている。最初に赤く三菱のマークがあるのが、どことなく誇らしく見え、私鉄のムードを盛り上げている。
 それを見て、瞬間的にまもなくこの線が廃止されると分かり、途端にドキドキして、「おいおい、マジか」という気持ちになる。取りも取りあえず、乗ってきた列車を降りて、カメラを持ったヒト達がたむろするところに紛れ込み、通常は通れないような場所で線路をまたいで、客車列車に近づいた。

                            (この項、続く)