カモメ飛ぶ 江差線

 北海道の海に伸びる鉄道には、カモメが飛ぶ姿が似合う。
 江差線は線区としては、函館のとなり駅の五稜郭から西に進み木古内(きこない)を経由し北西に延びて江差を終着とする79.9キロのローカル線であった。列車はすべて函館が始発であった。木古内江差の間は松前半島を横断し、終点江差の手前では左窓いっぱいに日本海が見えた。
 赤字のため北海道新幹線が開通する約二年前の2014年5月12日に木古内江差間の42.1キロが廃止となり、新幹線の開通と同時に五稜郭木古内間は第三セクター道南いさりび鉄道となって、江差線の名称が消えた。
 江差は、アイヌ語で「岬」という意味であるようで、冬季は大陸から季節風が吹きつけるさいはての港町だが、江戸~明治にかけては北前船の要衝の町として栄えた。列車は、木古内から江差に向かうと冬は雪深い峠を越えて日本海が見え出すと同時に、左窓の沖あいに浮かぶ鷗島(かもめじま)が見えて、まさにカモメが飛ぶ景色が目の前に現れて終着江差駅に到着するという演出が見られるローカル線であった。バックに地元の民謡江差追分でも聞こえてくれば涙もろいヒトであれば感無量となるかもしれない。
 この木古内江差区間は二度乗りに来ている。初回の旅(1985年11月)ではこのような景色のドラマが待っているとも思わず、またその時は妻と二人旅でそれほど感動しなかったが、2008年2月に一人で雪深い木古内から江差まで二度目の乗車した時にはその車窓に完全にノックアウトされた。ただ、記憶なので20年以上前に感動があったとしても忘れてしまえば何とも書きようがない。

 2008(平成20)年2月17日日曜日である。天候はまずまず。
 前日は一度泊まりたかった函館の湯の川温泉に宿泊し、函館7時8分発の江差行に乗る。その次の列車が10時12分発なので、せわしないが早起きして朝食も取らずホテルをチェックアウトする。気温は-3.4℃だがそれほど寒いと感じない。温泉の効果だろうか。駅でサンドイッチと朝刊を買って1番線に止まっている1両のディーゼルカー(キハ40 1809)に乗り込む。座って新聞を読んでいると昨日函館本線森駅から砂原線まわりの列車で函館まで一緒だった親子連れが乗ってくる。効率よく列車に乗ろうとすると、北海道のローカル線のように本数が限られていると同じ列車に同じヒトと出会うのは仕方がないことである。向こうも江差まで行くのだろう。こちらに気づいたので同じ人間が座っていると思っていることだろう。
 定刻発。五稜郭を出ると札幌方面の線路と左に分かれて、七重浜。島式ホーム。向かい側に長大な貨物列車が停車している。
 その先、清川口、左片ホーム。ホームの幅が広く、駅舎から下がっているツララが長い。その先から水滴が落ちていないので、相変わらず氷点下のようだ。
 人家が増えて上磯(かみいそ)到着。プラットフォームが右片ホームと島式ホームと3本あり、たくさん降りていき、一人乗ってくる。
 左手の海の向こう意外と近くに函館山が見える。と、思っているうちに列車は山あいに入って行き、トンネルを出ると左窓に海が見えその向こうに函館山が見える。トンネルを出るたびに雪が深くなってきている。
 茂辺地、島式ホーム。駅はオーソドックスな平屋の木造。積雪が30センチぐらいになる。
 その先、海を見晴るかす場所に出る。陽も差してきた。函館山が左手後方に移動し、その先に下北半島の陰も見える。やがて右手にうっすらと津軽半島が見え出す。
 渡島当別は相対式ホーム。列車すれ違い。その後、意識が飛ぶ。
 気づいたら木古内だった。
 3本ある島式ホームの一番北寄りから列車が発車するところだった。
 ポイントを渡り、海峡線が離れて江差線が右に分岐する。
 すぐに渡島鶴岡右片ホーム。新雪に埋もれているようになってきている。
 杉林の木に重そうに雪が積もり沢山のクリスマスツリーのようになっている。天候は回復傾向。
 左手にコンクリート製のお寺が見える。
 吉堀も右片ホーム。駅舎は貨物列車の車掌室の二次利用の通称ダルマ駅だ。雪が50センチぐらいになり、さらに山の中をさまよい、神明は左片ホーム。ホームは木製のようだ。すっぽりと駅全体が雪の中に埋もれているようだ。それでもおばさんが一人乗ってくる。
 湯ノ岱(ゆのたい)島式ホームで、キハ40(798)と交換。6、7人が乗ってきて車内が活気づく。黄色いラッセル車が見え駅員がいる。
 左手に蛇行する天の川が寄り添っている。宮越(みやこし)、桂岡と走って左手の景色が開ける。が、雲が低く垂れこめて雪が降りそうな気配になる。
 中須田は左片ホーム。ダルマ駅舎が見える。風よけのシールドが立っている。
 上ノ国を出ると、左手に日本海がぱあっと広がる。波は荒く、水は黒々とした色だ。海と線路の間にフェンスが立つ。それくらい風が強いのだろう。
 列車はグーっと登り勾配を最後の力を振り絞るように駆け上がり、定刻9時19分江差到着。
 左片ホーム1本だけのシンプルさ。23年前に来た記憶がよみがえる。そのホームが凍っていてツルっとすべった。が、転ばなかった。
 10時8分にこの列車が折り返すので、その間に少し江差の街を見たいと思った。が、積雪があり、それが凍っているので徒歩をあきらめタクシーで移動する。旧中村家という海運問屋の中を見学させてもらう。タクシーは坂道を上ったり下りたりする。港町には坂道がある。長崎も神戸も横浜も函館も。

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(この項おわり)