夏の大人の休日俱楽部乗り放題切符の旅2021(その2:6月30日前半)

 久しぶりに鉄道に乗るために朝5時前に起きて支度する。忘れていたウキウキ感がある。

 最初に乗る電車は6時24分三ッ沢上町発の横浜市営地下鉄。平日の水曜日なので、電車はすでに通勤・通学客で程よく混んでいた。横浜駅でJRに乗り換える。東海道線の上り電車はこの時間帯はなぜか間隔があいていてなおかつ11両編成という通常の15両よりは短いので混んでいる。昔の関西や九州から来る寝台車が走っていた頃の名残のダイヤだろうか。よって東海道線は避け、33分発の横須賀線君津行電車に乗るために10番線へ急ぐ。が、横須賀線上りホームでも結構な数のヒトが列を作って列車を待っている。コロナの感染拡大でリモートワークが増えて通勤客は減っているはずなのに、これでは感染リスクが気になる。仕方なくホーム中ほどのグリーン車乗り場へ。電車が間もなく入線するというアナウンスに急かされて、ホームにあるグリーン券発売機にスイカを置いて東京駅までのグリーン券を購入する。

 グリーン車は2階建てだが、席が空いていた1階席に座る。天井が高い分、より安全かもしれない。

 東京駅7時5分に横須賀線地下ホームに到着。東北新幹線はやぶさ101号盛岡行は7時16分発なのであまり余裕はないけれどコンビニでおにぎりとお茶を買い、長いエスカレーターを歩いて新幹線ホームへ急ぐ。

 新幹線は空いていた。ただし、たびたび乗車する北陸新幹線と違い、E5型の新幹線は通路の床が濃い茶色の落ちついた雰囲気で、いつもとは違い別のところに旅する気分になる。

 大宮から先はノンストップで仙台まで行く快速新幹線で、通過する駅名が出る電光掲示板で位置を確かめながら、陽光眩しい梅雨の合間の好天の景色を楽しむ。あっという間に仙台に到着。ここから、全車指定席のルールが解除されて盛岡までは、自由席特急券で空いている席に掛けられるという。ガラガラなのでその余裕は十分ある。で、乗車した2号車の約半分の乗客が降りてほぼ同じ数の乗客が乗ってくる。次の古川までは7分弱とすぐだ。9時3分古川着。

 ササニシキのふるさと大崎平野の真ん中にぽつんと古川駅があるように見えた。

 自分のホコリをかぶった地理の知識では、ここは『古川市』かと思ったが、平成の大合併で2006年に古川市は消滅し大崎市であるという。そして駅名だけが残った感じだ。故郷石川の地元の松任市が平成に消滅し白山市に変わったけど、同じく松任駅の駅名だけで昔を偲べるのと同じだ。

 陸羽東線の次の新庄行は9時20分発。ホームはひとつの島式ホームの両サイドを線路が挟んでいるシンプルなもの。ここに来たのは東北の震災の1年前(2010年)以来で、この時は新庄方から更に東に向かい東北本線の小牛田(こごた)に乗り通しているので、この駅をじっくり見るのは初めてかもしれない。新幹線の巨大な船みたいな建物のどてっぱらに穴が開いて陸羽東線の線路が交差していた。冬は季節風が強いのかホーム北向きの小牛田方面側だけ、ホームの天井と床に柱が何本も立ち透明なアクリルかガラス板がはめ込まれ、乗車場所にだけ横引きの戸がついている。

 定刻に2両のディーゼルカーがやってきた。 

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 陸羽東線陸羽西線は東北地方を東西に移動するための重要な幹線の一つだが、いまだ非電化の単線で一日に1本だけ快速列車があるほかはすべて各駅停車の普通列車で、急行とか特急列車は走っていない。ローカル線らしいローカル線で一旦乗った後はひたすら水田の中を駆け抜け山を越えるために一駅一駅止まっていく。この2線には愛称がついていて、陸羽東線は途中に鳴子温泉などの有名な温泉があるため「奥の細道湯けむりライン」、陸羽西線最上川に沿って走るので「奥の細道最上川ライン」である。

 松尾芭蕉がここを紀行文『奥の細道』で旅したのは、1689(元禄2)年旧暦の5月下旬というから新暦で6月の終わりから7月にかけてになるので季節的にはまさに今頃だろう。

 東北を旅するとどこかで芭蕉源義経にちなんだ場所に出会う。

 古川から乗車したディーゼルカー(キハ111系)は車両の左側に4人ボックスが並び右側は2人が向かい合う席で4人ボックスの半分の幅となり、混雑時に立つ人の収容スペースを増やしている。空いているのでボックスシートを独り占めし、靴を脱いでのびのびと足を投げ出して外を眺める姿勢が気兼ねなく取れるので極楽である。旅に来たという気分になる。キハ111系は国鉄時代に製造されたディーゼルカーが老朽化したため、JR東日本が製造した新しいディーゼルカーである。キハ111は片側だけに運転台がついてトイレがつきトイレ設備のないキハ112と2両連結で運用される。トイレがついていない長距離列車がたまに東北で走っているので、発車前に車両のどれかにトイレがついているかどうかのチェックは大事な確認である。

 列車は途中駅でほとんどヒトを乗せることもなく水田地帯を快走する。稲穂が出る前の田の緑が鮮やかで窓一杯に夏空が広がる。

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 しばらく走って少し右カーブし西古川。島式ホーム一本の駅。左手の駅舎まで跨線橋がつながっている。タクシーが1台駅前に止まっている。駅舎から直角に伸びる通りが広々としていて先が見えないくらい真っすぐなので、目が覚めるような景色だ。駅舎のそばの小さな公園にSL(C58号機)が雨ざらしで錆びつき朽ち果てようとしている。その先は再び水田と大豆畑に戻る。

 人家が増えて岩出山駅。駅舎に隣接して鉄道資料館があるらしい。その裏手でこちらに向くところに大きく「伊達な小京都」とある。小京都は全国にいろいろとあるものだ。

 少し走って有備館駅。片面1面のホームの小駅ではあるがハイカラな木造の駅舎はパビリオンみたいだ。1996年に開業と最近できた駅らしい。

 次の上野目(かみのめ)から先、登り勾配となり奥羽山脈に突入していく。山あいの畑にそばの白い花が咲いている。川渡温泉駅は駅舎がやや貧相だったが、次の鳴子御殿場駅は木造で立派だ。逆方向に向かうらしい乗客が何人も待合室に見える。右手が谷になっているが温泉街のようだ。左側の山に取りつくように走っているうちに開けて右手の川の眺めがよくなり左手に大きなビルのホテルがいくつも見え出し鳴子温泉3番線到着。古川と新庄のちょうど中間に位置し、ここで折り返す列車も多く、駅員が何人もいて乗り降りする乗客で賑わっている。駅に足湯があるらしい。11年前にここで下車して日帰り温泉に入ったことを思い出す。周囲の山の緑が見とれるほど美しい。

 5分停車の後、発車して突然長い下りのトンネルに入る。出るとすぐに谷川を渡り再びトンネルだ。出ると谷底からはかなり高いところを走っていることが分かる。白い湯気をあげる大きな源泉が左手に見えた後少し走って、中山平温泉。右片ホーム一面の駅だが駅前の広場が広々している。まさに温泉客を待っているようなスペースに見える。

 次の堺田奥羽山脈分水嶺の駅。それほど高いところに来たとは感じさせない開けた山あいの駅だ。右手に何かグランドでもありそうな気配がある。 

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 堺田から先、列車はどんどん山を駆け下り快走する。並走する道路には車は走っていない。

 トタン屋根の山小屋風の駅舎が左手に見えて赤倉温泉到着。確かに「湯けむりライン」と言うだけのことはある。老夫婦が一組乗ってくる。駅前はシンとして人気がない。

 その先は開けて立小路。幅の狭いホームが左にあるだけの停車場。

 その先さらに町になって最上到着。この辺の中心の街のようだ。駅を改装・改築している。

 水田が広がり、時々もさもさと伸びて大きな草になったアスパラ畑がある。しばらく走り大堀。駅舎がちゃんとしたログハウスだ。次の鵜杉で一旦山中に戻る。あちこちで栗の花が満開である。近くを小国川が流れるようになり、最後の温泉駅瀬見温泉、右側に一面のホーム。平屋のコンクリートの駅舎が少し貧弱で公衆トイレのように見える。

 ベンガラ色のトラス橋を渡り東長沢到着。その先は少し高度を上げて山の中腹で停車したところが長沢。その先、下って左手前方に冠雪を少し残し抱いているのは月山のようだ。

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 列車は徐々に右カーブしていくと、左手の草むらから一本の架線と単線が現れる。奥羽本線だ。しばらく並走して南新庄、右片ホームの小駅。奥羽本線側にはホームがない。そのまま直進し新庄に11時11分定刻着。5番線と一番駅舎から遠い場所だ。が、新庄駅山形新幹線の終着駅であるため、各線への乗り換えの便宜を考えて、階段を昇り降りすることなく新幹線と三つの在来線(陸羽東線陸羽西線奥羽本線横手方面)がバリアフリーで行けるようなっていてその通路が改札口につながっている。今日はこの駅で降りてランチをする予定なので、駅中をゆっくり見て回ることができる。1、2番線は奥羽本線の上り線で新幹線が止まっていて、通路を挟んで3、4番線は陸羽西線奥羽本線の下り線ホームになっていた。

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(この項つづく)