函館の路面電車には坂道が似合う

 廃線になってしまったローカル線の記憶ばかり書いていてもなんとなく気が滅入るので、今も走っている北海道の鉄道のことを書こうと思う。

 今回は路面電車に注目してみる。
 路面電車は全国で31残っていて、北海道には函館と札幌の2都市に残っている。札幌市交通局函館市企業局交通部であり、地元の自治体で運営されている。
 鉄道といえば、これ以外に地下鉄、モノレール、ケーブルカーなどがあるが、路面電車の独特の味わいは、スピードが遅いゆらゆらとした揺れである。
 これは、通常の電車にはない走り方をするからである。最初からスピードを上げようとは思っていない競争を諦めた走りに特徴がある。定年退職をしたわが身に、寄り添ってくるような佇まいに感じることがある。通常、停車場と停車場の間隔が狭いので、かっ飛ばすほどスピードを上げられないという事情もある。
 札幌の路面電車は、走るのが繁華街とその周辺なので都会の市民が利用する電車のイメージが強いが、函館のは3方向に延びて港町を巡る風通しのいい観光電車のイメージだ。同じ港町でも長崎の路面電車よりも開放感がある。
 JR函館駅前の道路に停車場があるので、そこから、3つの終点の湯の川、函館どつく前、谷地頭(やちがしら)に行くことができる。街がよくわかっていないが、函館どつく前と谷地頭方面が分岐する「十字街」の交差点が繁華街のような気がした。

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 また、湯の川温泉は湯量が豊富で無臭のつるりとしたいい湯で、泉質は松山の道後温泉に近く、そういえば道後温泉にも松山駅から路面電車が直通している。温泉に浸かりに路面電車に揺られてというのも楽しい気分になる。さらに函館と言えば幕末の戊辰戦争の戦場となったところであり、榎本武揚が占領した五稜郭のま近くまで湯の川行の電車が行くし、温泉駅の手前には競馬場があって週末には大勢の競馬ファンも利用するようである。
 だが、なんといっても一番の景色は、函館どつく前行が十字街を過ぎ左手に函館山の斜面が良く見えるようになるところにある。函館山の斜面の西向きの坂道から見る電車と湾の景色は個人的に函館市内で一番惹かれる景色である。函館山山頂からの夜景も素晴らしいが、電車の姿は小さくて見えない。
 ここは、十字街の次の末広町で電車を降りて山の斜面に向かって上り坂を歩かねばならない。急でもなく、それほどダラダラもしていない一直線の坂道が海に続き、そこを直角に電車が行ったり来たりしている。坂道の中でも観光のポスターによく登場する八幡坂が、道幅が適度に広く、昔の青函連絡船が止められている湾が眼下に見えるので景色としておもしろいロケーションである。
 なんだか観光案内みたいになってしまった。
 何度も函館には出かけているが、市電に乗りに行ったのは1994年と2008年の2回。
 最初に行った1994年5月15日の記録をたどってみよう。この時は3日間の北海道の鉄道乗りつぶし一人旅の最終日で、午後2時半発の大阪伊丹空港行き飛行機でその時の神戸の自宅に夕方に戻っている。長女が5歳、次女が3歳だったので妻に入念に事前許可を得て出かけたような気がする。

 ホテルを早朝にチェックアウトして、札幌駅6時48分発のスーパー北斗2号で函館に向かう。到着が定刻9時47分。天気予報では、これから天気が悪くなるというので荷物を駅のコインロッカーに預ける際に傘を出す。
 すぐに駅前の市電乗り場に向かう。
 青い1両(3001号車)の谷地頭行が来たので、ガヤガヤとにぎやかな修学旅行の高校生と一緒に乗り込む。日曜日なので修学旅行なのだろう。乗る際に整理券を取る。変なバーコードみたいな模様が入っている。時刻は10時7分。
 十字街で高校生も含めだいぶ降りてゆく。函館山に行くのだろう。左にカーブし終点谷地頭10時20分着。思ったより小さい街なのだ。谷地頭停留所は1両がどん詰まりで止まるスペースだけしかない。降りる時に一日乗車券(1000円)を買う。
 事前に調べてあった立待岬に行ってみる。函館山の東側斜面を少し登っていくといつの間にか墓地になる。そこを歩いて行くと石川啄木一族の墓があった。岬はその道を登ったところにあったが、海の眺めはいいものの函館山の日陰になっていて何となく暗いイメージだった。
 片道1キロほどだった。次の電車は10時47分発。何と1年前に登場した木造レトロ電車「函館ハイカラ號」が止まっている。運転席が完全に車内から分離しているので室内がやや狭く感じる。明治村で走っていたような気がする車両だ。向かい合わせの赤いベンチシートにインパクトがある。若い女性車掌が乗っているが、3つ目の十字街で函館どつく前に乗り換えるので、ゆっくりあれこれ見ている暇がない。
 十字街停留所で待っているとまもなく黄色い車体の一両の函館どつく行がやってくる。「どつく」と書いて「dokku」と読ませるのはなかなかである。関西人には読めないかもしれないと思う。
 北西に走るが、登り勾配である。次の末広町で大勢降りてゆく。
 その先も登り勾配で、アスファルトの路盤が随分と崩れてしまっていて車両の横揺れが大きくなった。10時59分終点函館どつく前到着。駅周辺には見るところがなさそうなので、すぐに引き返すことにした。11時00発(2回目に来た時には、少し歩いたら雄大な海が見え外人墓地もあった)。戻りは湯の川行でこのまま座っていればいいので車窓を眺める余裕がある。
 函館どつく前を出たところの線路を包み込むように敷いてあるアスファルトが無残にえぐられたようになっていて、線路が浮き上がらないのか心配になる。雪が降りそれが凍ったり解けたりして傷みつけたような感じである。
 函館駅前に到着して乗客が随分と多くなる。止まっている間に、古ぼけたネズミ色の東急バスが、リタイアし函館バスになって追い越していく。
 駅前で右折し、線路の路盤が丈夫そうな石となってえぐられたような箇所はなくなったものの電車の横揺れはあまり変わらない。えぐられているかどうかは関係ないみたいだ。
 松風町で道路に従い左折する。右方向にも路線(東雲線)があったが、1992年に廃止されている。電車はそのまま東北に延びる道の中央を走り、五稜郭公園前。11時28分。ここで右折して湯の川に向かうが、やはり五稜郭を一目見たいと思い下車する。公園まで往復すると12時になって、湯の川行がすぐにやって来る。 
 杉並町、柏木町と進むにつれて周囲が郊外の雰囲気となる。五稜郭公園前には、ダイエーやイマイマルイがあってヒトが集まり賑やかだった。
 深堀町の先に競馬場前という停留所がある。競馬場は右手にある。今日はレースがあるらしく駐車場に次から次に車が吸い込まれていき、道を歩くヒトの数も多い。函館方面行の停留所にたくさんのヒトが待っている。松葉づえのじいさんがヨロヨロしながら降りていく。
 駒場車庫前で運転手交代。右手に車庫が見える。湯の川温泉から先は左カーブして登り勾配になる。
 湯の川は道路の真ん中の行き止まりの終着駅。時刻は12時半だが、14時半発の飛行機のチェックインが気になり、近くの市バスのバス停に急ぐ。バスに乗り10分ほどで函館空港到着。電車の一日乗車券が使えて200円節約。
 空港の食堂で、ラムの鉄板焼と生ビールで短い函館の旅を打ち上げた。
 16時15分伊丹着。飛行機の中でぐっすりと眠ることができた。

(この項おわり)