やっぱ、北海道~(第22回)

viii. 広尾線の今むかし
 帯広は、深呼吸したくなるような大らかなまちである。
 十勝川とのその支流沿いに広がる平野は、北海道の中でも有数の広くて肥沃な北の大地であり、帯広はその中心都市だ。
 ここに1980年代半ばまで、北の大雪山連峰に向かう士幌線と、南の襟裳(えりも)岬方向へ向かう広尾線が、両方とも各駅停車の列車だけが2両ほどでトコトコ走っていた。両線とも行き止まりのローカル線で地元の高校生の通学列車のようであり、観光客が訪れることはもともと少ない路線であった。が、広尾線に幸福と愛国という駅があることに注目されるとその駅名の入った切符を求めて、全国から広尾線に観光客が押し寄せた。ただし、それでも広尾線の収益は大きく改善することなく1987年2月に廃止された。士幌線はそのような脚光を浴びることなく静かに同年3月に廃止となった。
 2017年2月に釧路・根室間を往復した後に、ほぼ広尾線跡を走る十勝バスに乗り、その終点の広尾駅舎を再訪した。さらにその先バスを乗り継いで襟裳岬に向かった。ここも再訪であるが約30年前のことで、記憶が曖昧である。
 広尾線が走っていた当時から広尾-襟裳岬間には国鉄バスが走っていて、えりも岬へのアクセスは確保されていて、さらにその先北西方向を海沿いに走る日高本線の終点様似(さまに)駅まで行く国鉄バスも走っていて、当時の国鉄のワイド周遊券さえあれば一人旅で気安く回ることのできるルートだった。
 初回のえりも岬には妻とで1985年11月に出かけた。自分たち以外には宿泊客のいない民宿で季節外れの毛ガニが出てきた。ぱさぱさの身で美味しくなかったことだけが記憶に残っている。今回もえりも岬の先端近くにある宿を予約した。前とは違い土木関係者の定宿みたいな簡易ホテルであった。今回の再訪には目的がさらに一つ加わってえりも岬灯台の根元まで行って灯台をじっくりと見に行く。
 廃止路線を中心に鉄道に激しく乗っていた1985年から90年代当時は灯台巡り趣味は全くなかったが、それでもいくつかの灯台は訪ねていた。ガイドブックで気づいて、例えば、島根県出雲大社を訪ねた後に日御碕(ひのみさき)灯台を訪ね、日本で一番ののっぽの灯台を眺め(到着した時間が遅くて登れず)、秋田県男鹿線の終点からバスで入道埼灯台を見にでかけ、広々とした広場に建つ黒と白の縞の灯台を眺めた。しかしながら、津軽線終点の三厩(みんまや)を訪ねその先バスに乗り換え龍飛漁港で降りて階段国道339号線を登った時、また、津軽海峡線の龍飛海底駅から地上に出た時も、間近にある龍飛埼灯台は見そびれ、四国の室戸岬に宿泊した時も灯台が近くにあることすら意識していなかった。趣味という意識がなければ、そのようなもんだろうと思う。
 11時24分釧路発の特急スーパーおおぞら6号に乗車し、12時56分定刻に帯広到着。帯広駅は、広尾線が走っていた当時と変わって、高架の島式ホーム2本とシンプルになっている。次の広尾行きのバスは13時20分発なのであまり時間がない。バス乗り場もどうなっているか調べていないので早めにターミナルに行くべきと思いながら、今回は、帯広は通過するだけなので、駅下の少し大きめのキオスクで何か物珍しいものがないかを物色する。アルコール度数59度のブランデー原酒が180 ml瓶で2,200円で売っている。隣町の池田市は十勝ワインで有名な場所であり、そこで最近作り販売を始めたらしい。荷物としてかさばらないので、少々財布のひもを緩め購入。
 バスターミナルは駅の北側にあり、広尾行バスの11番のりばがすぐに見つかる。
運行は60系統の十勝バスで、発車時刻が間違いないことを確認する。
 鉄道の乗りつぶしで意外と役に立つのが時刻表のJRのダイヤのあとに掲示される地方の交通機関のダイヤである。どこにどのようなバスが走っているかが結構詳細に載っている。バス会社の名前が分かれば後はインターネットでさらに最新の情報を確認し、次には地図上のバス停の位置まで確認できる。列車だけでは行けるところが限られてしまうが、路線バスは旅を奥深くする大きなちからだ。
 バスは定刻の直前に乗り場にやってきた。そばで見るとサビが浮いて年代物のバスだった。6人ほど乗って、発車。まずは駅を左回りに大回りして高架をくぐって南に向かうが、途中に病院やスーパーに寄り道して、乗客が少し増え、完全な地元の足になっている。一方、廃止になった広尾線は、駅を出ると釧路方に少し入ると右カーブして、あっという間に町から離れていた。では、国鉄広尾線の1985年11月9日の記録を引っぱり出してみる。

 朝早起きして士幌線の終点十勝三股を往復し、13時ちょうどに帯広に戻ってきた。ランチは駅近くの食堂で札幌味噌ラーメンと餃子。北海道のみそ味のラーメンは、どこか大地の香りがして格別である。
 次の広尾線は、5番線から14時14分発車の2両のベンガラ色(褐色)のディーゼルカー(キハ22系)。後方のキハ22-241の4人ボックスの窓側の席を確保。土曜日の午後のせいか帰宅の高校生で乗車率100パーセントを超える。自分たちの隣にも女子高生が座ってくる。広尾線は広尾までの84キロを2時間近くかけて走る。遠距離通学しているのかもしれない。
 定刻発。
 最初の駅依田は仮乗降場のような幅15センチぐらいの板を並べ打ち付けてできたホームの簡易駅。小さなかわいい女の子が切符入れに切符を入れようとしている。左手には白いビニール袋を下げ、車掌に手を振っている。列車が動いて、その女の子の母親と思われる若い女性と手を引かれた幼い男の子が現れる。
 カラ松と広大な畑の中をどんどん走る。
 北愛国、ホームは普通に土を盛っているが、駅舎はなくバスの待合室のようだ。
 次の愛国も同じだが、駅標だけが立派でにぎにぎしい。
 大正駅で腕木信号機が現れる。駅名だけひらがな縦書き駅標が他の線では、白地にクリームイェローの枠に入ったものに新調されていたのに、ここは昔ながらの青地に白い文字のままで廃線のムードがこんな眺めからも伝わってくる。少し学生が降りていくが、このボックスの二人は降りる気配はない。
 次が幸福駅で駅標の写真を撮ろうとして隣の女子高生の足を思いっきり踏んでしまう。気持ちよくお休みのところを起こしてしまった。
 上更別(かみさらべつ)にて上り列車とすれ違う。駅のそばに黄色い煙が上がっていることに妻が気づく。火事のようだったが、列車はそのまま出発。
 その先も単調な牧草地の中を走り、眠くなる。気づくと妻と二人で眠っていた。列車は途中の比較的大きな駅忠類(ちゅうるい)や大樹(たいき)を通過し、となりにいた女学生も降りたらしく、妻と二人になった。石坂駅手前だ。バスが道路を並走している。
 雨が道を濡らしている。時刻はまだ3時半なのに夕方の風景である。
 列車は雑木林の中を走り、流れの早い川を何本か渡り、海がちらりと見えた。
 終点広尾に定刻16時8分到着。駅舎は広々として襟裳岬へのアクセスの基地のような構えだ。駅前広場も広々としており、タクシーが何台も止まっている。待っていると国鉄バスがやってきた。

 2017年2月の広尾行の十勝バスに戻る。
 13時20分発のこのバスは土日祝日が運休という通学バスだったので、平日で乗れたのも幸運である。この後だと1時間後になる。南に向かうバスなので、運転席は日差しを浴びる。時に前寄りに座っている自分のところにも陽が差すのが気になるくらい早春の日差しである。
 バスは市街地を外れると、大きなポプラの並木が牧草地の境界線になっているような単調なところをひたすら走る。停留所名も「大正9号」から「大正30号」まで、数字が1ずつ増えていくような開拓されたままのような単調なものだった。その停留所を一つ一つ丁寧にテープのガイド音声で案内があるが、乗り降りは全くなく、バスが追加していく。いったいどれだけの停留所があるのかと、後でインターネットサイトで数えてみると帯広駅バスターミナルから広尾営業所前までの停留所は171ほどの数だった(その数について、正確かどうかは自信がないくらいに多かった)。

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 停留所はあったが、かつての愛国と幸福駅の駅舎のそばにはバスは止まらなかった。見たければ、そのバス停で降りるしかないのだろう。
 通過する停留所も多かった。14時55分忠類(ちゅうるい)到着。国鉄の駅があった場所は停留所からは分からない。トイレ休憩で3分停車。手洗い場の水が出なかった。
 その先、結構市街地のようなところになり、大樹町役場の脇を通る。SLが静態保存されている。
 暦舟川の橋を渡る。砂金がまだ取れるところらしい。
 「コスモール大樹」は道の駅。停留所に道の駅が多い。途中から雪が舞いだす。陽が陰ってきて寒そうである。
 15時47分広尾営業所終点に到着(ちょっと予定より早いようだ)。駅舎は32年前に来た時と同じ若々しい体育館のような建物だった。

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 列車が止まっていた駅舎の裏は雪の山であったが、出口専用の改札口には列車の走っていた到着時刻の入った時刻表が残っていた。

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 駅前の左サイドには腕木信号機が残されていたが雪に埋もれていて寒々しい。
 駅舎の中に入ると小さな石油ストーブが燃えている。椅子はニスの塗られた木のつるつるのベンチで座布団もないので、お尻から冷えてくる。16時20分過ぎに帯広行のバスが出て自分一人が残る。70歳を過ぎたと思われる老人がバスを利用する客に声をかけている。ひょっとして元の広尾駅長かもしれない。寒いので、帯広駅で買った59度のブランデーのスクリューを回し、一口ごっくんと飲んでみる。カァーっと胃が熱くなってくる。

f:id:Noriire23:20181013200933j:plain                    (この項、終わり)